世界でも最先端のライフスタイルを提供する街、ポートランド「この街は人間の心を一番理解した街。」

A trendy hipster man and woman with tattoos smile and talk as they enjoy a coffee and latte at a bright cafe, sitting at a large bamboo wood table.  Vertical overhead shot with copy space.

2008年に金融センターを襲ったリーマンショックや、2009年に起きたユーロ危機などを引き金に、世界的な不況が人々を不安にさせる近年ですが、人々を不安にさせる最大の原因は経済の低迷や失業率の上昇ではなく、むしろ馴染みの喫茶店や居酒屋など、地域の「たまり場」が大型ショッピングセンターなどの大手資本によって破壊されたことなのかもしれません。

大量生産に伴う新規の開発や新製品など「モノ」の消費・取得に対する喜びが大きいと言われていた20世紀とは対照的に、経済が成熟し、縮小し始める21世紀の先進国ではクリエイティビティや革新的な創造行為を楽しむようなマインドが主流になると言われています。(1)

Best Friends
↑経済が優先され「たまり場」がどんどん消えていく。

心理学者のロバート・ウォールディンガー氏がTEDで「75年に渡る研究の結果、何らかのコミュニティに所属し、家族や友人に囲まれて過ごした人の幸福度が最も高かった」と述べているように、人との「繋がりの場」の創造に思いをはせる時代にシフトしてきているのではないでしょうか。

アメリカ西海岸に位置するワシントン州とカリフォルニア州に挟まれたエリアに位置するオレゴン州最大の都市ポートランドは、昔は寂れた倉庫街でしかなかったものの、長年の経済の低迷を次の時代への調整期だとして、経済成長中に失った「たまり場」を取り戻そうと動き始め、現在では全米で最も住みたい街ランキングで毎年上位に食い込むほどの街に変化しました。

Meeting At Coffee Shop
↑全米で最も住みやすい街、ポートランド。

1980年当時、使わなくなった倉庫が無造作に放置されていたパールディストリクトと呼ばれるエリアに地元の開発業者が着目し、寂れた倉庫をオシャレに改装したところ、入れ替わり立ち替り若いクリエイティブな若者が集まってくるようになり、ロフト(倉庫)文化に憧れる人々から人気の火が付き、若いアーティストの間でロフト・エリアとして一躍有名になりました。

もともとアーティストがロフトに集まるようになったのは、彼らが自由で抽象的な表現をするようになり、絵を固定する台であるイーゼルに収まるサイズのアートから離れ、広々とした空間を必要とするようになったためだと言われています

そういったアーティストの多くはロフトをアトリエにするだけではなく、アートとともにロフトで暮らすことを選ぶそうで、建築家の浜野安宏氏も、「クリエイティブな仕事をする人々にとって『働くこと、生きること、楽しむこと』は一つのことであるため決して切り離すことはできない」と語ります。

Artist Painting
↑働くこと=生きること、そして、楽しむこと。

アーティストとともにこのエリアを復活させた開発業者のホワイト・ストリート・プロパティーズ社は、アーティストたちの古いロフトを真珠の殻に、彼らの作品を光り輝くパール(真珠)に見立てて、この地を「パールディストリクト」と名付けたと言われており、パールディストリクトに越してきたジュエリーデザイナーのキャンデス・バネル氏も、今なお住民が集まって語り合うこの地の文化が好きだと、次のように語っています。(2)

「ロフト文化がアーティストコミュニティを作り、今でもどこかしらでギャザリング(集まり)やブロックパーティー(街区の住民によって開かれるパーティー)が催されていて、そうやってこの街は芸術性の高いエリアを保っているんだ。」

Graphic designer making sketches behind a desk
↑まずは同じような概念を持った人が場所を共有することで動き出す。

このパールディストリクトの復活を見て、「都市の経済学」などの著書で、都市開発について論じているジャーナリストのジェーン・ジェイコブス氏は、古いものをただ壊せば新しいものが生まれるのではなく、「本当に良いものは革命からではなく、進化からもたらされる」と述べているように、ポートランドでも、老朽化して誰も住まなくなった建物があれば、地元の開発業者が改装に取り組み、1階は店舗、2階は住宅やオフィスにするなどして一つの建物に複数の役割を持たせるミクストユーズ開発が盛んに行われました。

その結果、ポートランドには約25軒のアートギャラリー、50軒のカフェ、60軒のブティックなどが建物の1階に店を構え、同じところに1900戸の住居が混在することになっており、ビジネスと住居の境目が曖昧なこの地の住民においては、仕事もプライベートもライフスタイルの中で連携し合いながら息づいていると言います。

Multi-ethnic fast-food vendors in downtown Portland, Oregon
↑本当に良いものは革命からではなく、進化からもたらされる。

デベロッパーによる高密度な街の開発が進んだところで、都心での人々の生活を支える手段として、ポートランド市は市内の交通機関の整備を行いました。路面電車やバスなどの交通機関は市内くまなく網羅しており、しかも市中心部は無料でそれらの交通機関を利用することができるため、車を所有していなくても生活できる職住近隣のコンパクトシティが実現したのです。

また、人々が集まりやすくなっている理由には、街の区画整備にもあるようで、建築家でパールディストリクト在住のパトリシア・ガードナー氏は、「グリーンネイバーフッド」の著者である吹田良平氏とのインタビューで、ポートランドの歩きやすさは他の都市にはない魅力の一つだとして次のように言及しました。

Modern Couple on Portland's Hawthorne Bridge
↑ポートランドは交通機関も発達し、人間に優しい街。

「アメリカのブロック(1丁目などの街区)は一般的に一辺が122mで構成されていることが多いの。でもパールディストリクトを含むポートランド・ダウンタウンはその半分の61mで区切られている。」

それがどういう効果をもたらすかと言うと、ブロックの一辺が122mの場合、店や住宅の密集度が低くなり利便性が悪くなるため、車で移動するようになり、人と人との接点が失われがちになると言われています。

一方で、ブロックの一辺が61mだと風景が他の街よりテンポよく変わっていくため、街を歩きやすく散策することが苦にならないため、外を歩く機会が必然的に増え、人と会う機会も増えることで、やがて顔見知りができ、挨拶から会話する関係へと発展し、そこから新たなコミュニティができるそうです。(3)

Walking on Hawthorne
↑街をちょっと工夫するだけで、人と人が自然に交差し合う。

ポートランドは「アプローチャブル(気さく)な都市」と描写されていて、これは、寂れた倉庫街というコミュニティが存在しないゼロの状態からスタートを切り、そこに移住してきたアーティストがお互いを「知らない」という中でコミュニティを作り上げてきた背景があったからこそ、ポートランドはいろいろなタイプの人や多様なアイデアを受け入れる土壌を持っているのかもしれません。

前述の吹田良平氏は、ポートランドの多様性とコミュニティの連帯感の強さには、大きな関係性があるとして次のように語りました。

「アートギャラリーやグッドレストラン&バー、公園、オフィス、住宅、ヘアーカット、ホームファニシング、そしてコーヒーショップなどの混在による多様な人々の往来によって生まれる出会いとその機会の創出が人々のコミュニティ意識を高めるんだ。」

Street Performer at the Portland Saturday Market, Portland, Oreg
↑まずは偏見を持たず、様々な人に対してオープンなマインド。

街に混在するレストランやコーヒーショップだけでなく、職人的な優れた品質の作物を生産し、さらに環境に負荷をかけない方法を採用している225の地元農家によって定期的に開かれるファーマーズマーケットもコミュニティの結束力強化に貢献しているようで、ファーマーズマーケットの参加者は皆、口を揃えてマーケットの参加意義を次のように語ります。

「地元の食材は安全で、美味しくて、健康的だし、地元の食材を消費することは自分たちの地域の生産者を支えることにつながる。それに、マーケットって楽しいじゃない。」

Fresh vegetables in famous outdoor market in Rome
↑食べ物は共有することで、様々な楽しみが広がっていく。

百姓という言葉も「百の姓」と書くように、多様な職業の組み合わせを意味し、土地の気候や風土に合わせて稲作・裏作・機織り、季節労働と多様な活動を組み合わせ生計を立てるのが「百姓」ですが、多様な価値観を持ち合わせた人々や、数多くの異なったアイデアが一つの街に集まることで、街全体が「百姓化」に向かっているようなポートランドの様子は、日本の社会学者である上野千鶴子氏が国民のダイバーシティ(多様化)の重要性を「ゴー・バック・トゥ・ザ・百姓ライフ」と唱える考え方にも通じているのかもしれません。(4)(5)

小説家の村上春樹氏は以前、ポートランドのレストランで食事をした際に、食材の生き生きとした質の高さに感動し、こればかりはニューヨークやロサンゼルスのレストランは真似できないとして次のように述べました。(6)

「使われている野菜や肉や魚の大半は、すぐそのヘんでとれた新鮮なものである。しかしただ新鮮なだけではない。レストラン経営者やシェフたちは、自分の目で食材をいちいち吟味している。彼らの多くは農家や牧場と契約を結び、有機農法を用いた食材だけを使うように気を遣っている。そこまでの細かい目配りができるのは、何といっても地元の強さである。」

Chef finishing a dish.
↑本当に細かいところまで気配りできるのが地元の強さ。

ファーマーズマーケットによって、消費者が食材がどこから来ているのかを知りたがるようになっただけではなく、生産者も栽培した作物を誰が食べてくれるのか関心を寄せるようになっていると、コーヒーショップを営む住民の一人は語ります。こういった発言からも、ポートランドの人たちは、人とのつながりが強まる活動に意義を見出していることがうかがえます。

20世紀中盤から人々が急激に郊外に移り住み始めた時代、つまり車社会の時代に、私たちは「歩く」ことを避けてしまったために、歩くことによって何が起こるのか、歩かないことによって何が失われてしまうのかを忘れてしまい、歩かなくなったことによって確実にコミュニティ意識は失われました。

街を歩かなくなってから、気付かぬうちに私たちの生活はお金に支配され、効率ばかりを求めた結果、コミュニティは破壊され、心と心が離れていた時代から、心なき時代に突入しようとしている先進諸国では、本当の意味で質の高い人生を送るマインドを大切にする次の時代へと大きく舵取りをする事で未来が見えてくるのかもしれません。

Downtown Portland, Oregon at Dusk
↑現在、ポートランドは世界でも最先端のライフスタイルを提供する街。

もはや私たちは車やブランド物の服、新築の郊外住宅を買っても心はいつまでたっても満たされず、それよりも、井戸端会議を開き、美味しいコーヒーを仲間と囲みながら、たわいも無い話で盛り上がれるような、お金では決して買うことができないプライスレスなコミュニティが、21世紀において本当に価値のある財産になるのではないでしょうか。

《参考文献》
1.吹田良平「グリーンネイバーフッド―米国ポートランドにみる環境先進都市のつくりかたとつかいかた」(繊研新聞社、2010年)
2.吹田良平「グリーンネイバーフッド―米国ポートランドにみる環境先進都市のつくりかたとつかいかた」(繊研新聞社、2010年)
3.吹田良平「グリーンネイバーフッド―米国ポートランドにみる環境先進都市のつくりかたとつかいかた」(繊研新聞社、2010年)
4.松永桂子「ローカル志向の時代 働き方、産業、経済を考えるヒント」(光文社、2015年)
5.松永桂子「ローカル志向の時代 働き方、産業、経済を考えるヒント」(光文社、2015年)
6.村上春樹「二つのポートランド<前編>」(Agora、2008年)

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コーヒーと旅を愛する自称世界市民。性格が極端なのでコロンビア・コーヒーのようなバランス型を目指している(つもり)。近いうちにコーヒー発祥の地、エチオピアにコーヒー研究をしに行こうかと企んでいる。