最新のMacBook Airよりも今一番必要なもの「土まみれ、泥まみれのパソコンを持っている人が、実は時代の一番先を行っている人」

都市部に人口が集中し、土を1日に一回も見ないという人が大半の現代では、虫やバイ菌を排除し衛生的な生活を送っているため、多くの人が土は汚いものだと思っています。

しかし、私たちが毎日何らかの形で食べている作物は土の循環の賜物であり、私たちは土を食べて生きています。土を汚いと言うのは、自分自身のことを汚いと言っているのと変わらないのかもしれません。


↑東京に住んでいれば、土に触るのは本当に一年に一回もない

作物は体内の養分バランスを保つために、土中の水分や養分を根から吸収して実に貯蔵し、われわれ人間や動物はその栄養豊富な実を頂くことで命をつなぐことができています。そして、人間や動物が排出する糞尿や死骸は長い年月をかけ、虫や微生物によって分解されることで土に戻り、その土が再び作物の栄養となるのです。(1)

大分県で無農薬農業を営んでいる赤峰勝人氏は、土を汚いものだと見なし、土をないがしろにするのではなく、私たちがこのような見事な自然の環境の中で土と共存していることを理解すべきだとして、次のように述べています。

「傲慢の『傲』という字は『人が土から放れる』と書きますが、私たちは土をないがしろにし、全ての物が循環しているということすら忘れかけていました。この宇宙に存在する全てが互いに支え合い、生かし合い、繋がっており、私たちは次の命のリレーを繋げなくてはなりません。」


↑植物、動物、そして人間、すべては土を通じて循環している

日本各地で目にする閑静で清潔感のある住宅街は、その多くがススキ原や野原を埋め立てて建設されたものですが、赤峰氏によると、地球に存在する全ての生物には、そこに存在している意味があり、それを人間の利益のために人為的にコントロールするということは、地球の循環規則を破壊する行為なのだと言います。

たとえば至る所に生えている竹は、実は40種類以上のミネラルを作ることができるため、痩せている土にはまず竹が生え、根を深く張り、柔らかな養分豊富な土が作られ、そこから竹が作り出したミネラルなどの養分の力を借りてススキやハコネ、ナズナが生え始めると言われています。地球上の生物はこのように支え合いながら土を豊かにして命を繋いでいますが、それにも関わらず、人間はそういった自然の営みを無視してススキ原や竹林を埋め立てているのです。


↑自然をないがしろにすることは、地球の循環規則を破壊する行為

夏は涼しく冬は暖かいと言われている日本古来の茅ぶき屋根は、ススキやイネ科の植物で作られています。年数が経ち、劣化した茅は畑に置かれ、そこで長い年数をかけて少しずつ土に戻り、その過程で茅に含まれているカルシウムなどの養分が土を豊かにして、それを次の命に繋げるのです。(2)

しかしながら、茅ぶき屋根は茅の手入れに多くの人手と時間を要するのに加え、茅の材料となるススキやイネ科の植物の確保が容易ではないため、次々と茅ぶき屋根の建築物は解体されていきました。

エアコンがあれば快適さは保てるかもしれませんが、鉄やゴム、プラスチックなどで作られている現代の建築物は、解体した際にその廃材を土に戻すことができないため、廃棄処分場で焼却処分されるしかありません。古来から続いていた住宅と土の循環は、「住まい」にしか目が向かなくなってしまった現代人によって、破壊されてしまったと言えるでしょう。


↑都市とは50年後、100年後のことを考えない典型的な例

作物に関しても、古来から日本は、大根やジャガイモ、ニンジンやキャベツなど多くの作物を限られた面積の畑の中で栽培する少面積多品目の農業形態を守り続けていました。

少ない面積で何十種類もの作物を栽培することで、それぞれの作物がミネラルやカルシウムなど様々な養分を土に還元し、土を豊かにすることで限られた土地を守ってきましたが、戦後日本人の食文化や農業形態は欧米化し、現在では日本は作物を絞り込んで少品目を大量生産するアメリカ型の近代農法が一般的になりました。この農法は生物の相互作用の循環を切り捨てていることになるため、結果的に作物にとって本来不必要である農薬や肥料なくしては、立派な作物を育てることができない状態を作り出してしまったのです。(3)


↑欧米のやり方を積極的に取り入れ、自然の循環を無視し、ただ農業の効率化だけを求めるようになってしまった

同じ土地で同じ作物ばかり作り続けていると、土は瘦せこけ、作物は十分な養分を土から享受できずに生命力が低下、病気にかかりやすくなります。その結果、作物を病気や害虫から守るため、大量の農薬を畑に撒くことになります。

しかしその農薬は養分を作る草を枯らし、土を作る虫や微生物を殺し、それが循環の停滞に繋がり、さらに土が痩せるという悪循環に陥ったのです。
効率的な農業を目指した農家では、農薬や化学堆肥を大量にばら撒きましたが、同様に人間も、殺虫剤などを使って日々の生活から虫やバイ菌を徹底的に排除し、病気になれば化学成分の塊である薬を飲み、毎日添加物まみれの食事をしてきました。(4)


↑農薬が循環を狂わせ、その作物を人間が食べることで、さらに循環が崩れる

そして農薬や化学堆肥が大量に使われ始めた昭和37年ごろから、畑では作物が原因不明の病気や虫に、生まれてくる子供たちはアトピーやアレルギーなど原因不明の病気に悩まされる異常事態が起き始めたと言われています。

農薬や化学堆肥は人体に害をもたらすのではないかと、ニンジン農家を営む赤峰勝人氏やリンゴ農園の木村秋則氏ら一部の農家は、無農薬栽培に方向転換をしましたが、作物も人間も薬なしでは生きられなくなってしまう現状について、赤峰勝人氏は次のように描写しています。

「人間と土は同じ循環の中で生きています。畑で起こっていることが人間にも起こっていると考えても不思議ではありませんよ。」


↑土に現在起こっていることは、いずれ人間にも起こる

このような自然の循環から逸脱した農業は、畑や人間から「生命力」を奪い、自分で生きる力を失った私たちは原因不明の病気などに悩まされるようになりました。私たちにとって、こうした大きなツケを払ってまでも近代農業が必要だったかと言うと、そうではないようです。

確かに、総務省統計局によると日本の人口は昭和初期頃から爆発的に増加し、人口増加に伴い必要とされる食料が増えたため農薬を使って大量に作物を得る必要があったように見えます。

ところが、クリエイターの高城剛氏が著書「オーガニック革命」で述べているように、日本は戦後から欧米食を基準とした食物の熱量で算出されるカロリーベースで食料自給率を算出するようになったため、私たちは日本の食料自給率が低下したと単純に信じ込んでしまいました。しかし実際のところ、食料自給率が低下したのは日本人が小麦や肉、乳製品を大量に消費し始め、それらの確保を輸入に頼った結果、起きた現象なのです。

そのため、日本人が小麦や肉類の代わりに伝統的な米や野菜を多く消費するようになれば、食品の確保を輸入に頼る必要がなくなり、食料自給率は必然的に上がると高城剛氏は述べています。


↑土との循環を絶たったことで、食生活も大きく変わり始めた

痩せてしまった土や、近代的な農業を前提に品種改良が進んだ今の農作物では、農薬や化学肥料を使わない栽培は難しいと言われていることも事実ですが、木村秋則氏は、中でも特に無農薬では栽培が不可能だと言われていたリンゴを自然農法で栽培することに成功しました。

木村秋則氏が無農薬でリンゴを育てることができたのは、土の表面や土中に住んでいる虫や微生物の声に耳を傾け、土を豊かにする大豆などの植物や雑草をも大切にしたことにあります。また、落ち葉などが微生物に分解されたことによって、触れると少し暖かい、まるで山にあるような養分豊富な土を作ったことも、無農薬リンゴ作りに成功した一つの理由なのです。


↑自然農法で作り続けるためには、本当に小さな自然の声に耳を傾ける

こうして育ったリンゴは通常のリンゴのように菌や害虫に負けることはなく、東京白金台のレストランのシェフ井口氏は「木村さんのリンゴは腐らないんですよね。生産者の魂がこもっているんですかね。」と語りました。

普通のリンゴは切ったまま置いておくと、変色し腐ってしまいますが、木村氏のリンゴは普通のりんごのように腐ったり、すぐに変色することがなく、切ってから時間が経つと自然と「枯れた」ように小さくしぼんで、かすかに赤い色を残したまま、お菓子のような甘い香りを放つと言います。(6)


↑自然を循環した食べ物は、そうでないものに比べて明らかな違いがある

木村氏はリンゴ栽培の合間に無農薬で米の栽培も行っています。通常、米農家が丹念に田んぼを整備するのとは対照的に、木村氏の田んぼは土の塊が目立ち、ボコボコとしています。その一方で、他の農家と比較して、より多くの米が収穫できるのです。

木村氏によると、田んぼがボコボコで整備されていない状態だと、安定するために米が深く強い根を張るようになり、その結果より多くの養分を土から吸収し、通常より多くの実を実らせると言い、木村氏は害虫や病気など表面的なところではなく、土を大事にしなければいけないとして、次のように述べました。

「作物は農薬や化学肥料がなくても良い土があれば自活する力を持っています。虫や病気のせいで作物が弱るのではありません、作物が弱っていたから虫や微生物が作物を分解して土に戻し、命を次に繋ごうとしているだけなのです。」


↑余計なことをしなければ、作物は自然と強く生きようとする

水でさえも、人為的に与えられていない作物は生き延びるために根を地中の奥深くに張り巡らし、土中のわずかな水分を吸収しようとするため、水を与えないで栽培された作物はみずみずしく味が濃い生命力豊かな作物になるそうです。(5)

作物が自然に根を伸ばす過程で土は空気を含んで柔らかくなり、虫や微生物の活動が活発になって養分の多い土ができ、収穫量を増やすことができます。そのため、農家が本来するべき仕事とは、農薬や化学肥料で自然をコントロールするのではなく、循環の法則に従って、作物にとって自然な方法で彼らの力を引き出す手伝いをすることではないでしょうか。


↑人間の仕事は作物と自然が上手く調和する手助けをしてあげること

現在、私たちの食べ物は金儲けの道具になっており、命の食べ物というお金に置き換えられない地球からの贈り物である作物や、命の源である土を軽く見ているとニンジン農家の赤峰勝人氏は次のように述べています。

「田舎に移住したりして、自分で野菜を育てて、彼らが成長している姿を見ていると、自然の素晴らしさが実感できますよ。そして己の傲慢さと無力さを味わうと共に『循環』の中で生きる、自分も含めた命の大切さがくっきりと見えるようになるのではないでしょうか。」

「20世紀は組織の時代、21世紀は個人の時代」と文筆家のダニエル・ピンク氏が著書「フリーエージェント時代の到来」の中で述べていましたが、テクノロジーの発展によって私たちは組織にとらわれず地球の裏側で、パソコン一台で、時間や場所に縛られずに仕事ができるのです。


↑21世紀初頭を20世紀人として生きるか、それとも21世紀人として生きるか

毎朝満員電車に揺られ通勤するサラリーマンの姿は20世紀の遺物となり、21世紀の現在ではパソコンを片手に田舎に移住し、パソコンで仕事をしつつ、その合間に農業をすることができるようになりました。「テクノロジー」と「土」という、一見、相互反発しそうな2つの要素は、実は相性が良いのかもしれません。

空知英秋さん原作の「銀魂」で、服部全蔵が次のように述べているシーンがあります。「一つのことしか見えねぇ奴ってのは、気付かぬうちに闇に足を取られていることがあるのさ。」


↑別に急に田舎に住まなくてもいい。週に一回、月に一回、土を触るだけでも全然違う

私たちは「効率的な大量生産」という一点だけを追った結果、土の循環が破壊され、その土でできた作物を食べるわれわれの体にも様々な害を引き起こし、自分たちの首を締めてきました。

大切なのは作物の値段や見栄えではなく、その作物がどのような土で育ったかにまで思いを馳せることなのかもしれません。土の循環の中で育った近隣農家のオーガニック野菜などを選ぶようになれば、私たちも作物同様、医薬品やエナジードリンクなしでも力強く生きることができると実感するのではないでしょうか。

1. 赤峰勝人「ニンジンの奇跡 畑で学んだ病気にならない生き方」(講談社、2009年)Kindle P164
2. 小泉英政「土と生きる 循環農場から」(岩波書店、2013年)Kindle P144
3. 赤峰勝人「ニンジンの奇跡 畑で学んだ病気にならない生き方」(講談社、2009年)Kindle P98
4. 赤峰勝人「ニンジンの奇跡 畑で学んだ病気にならない生き方」(講談社、2009年)Kindle P451
5. 木村秋則「跡のリンゴ ー「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録」(幻冬舎、2011年)Kindle P1815
6. 木村秋則「跡のリンゴ ー「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録」(幻冬舎、2011年)P18

参考書籍

・木村秋則「跡のリンゴ ー「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録」(幻冬舎、2011年
・赤峰勝人「ニンジンの奇跡 畑で学んだ病気にならない生き方」(講談社、2009年)
・小泉英政「土と生きる 循環農場から」(岩波書店、2013年)
・高城剛「オーガニック革命」(集英社、2010年)
・ダニエル・ピンク「フリーエージェント時代の到来」(ダイヤモンド社、2002年)

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コーヒーと旅を愛する自称世界市民。性格が極端なのでコロンビア・コーヒーのようなバランス型を目指している(つもり)。近いうちにコーヒー発祥の地、エチオピアにコーヒー研究をしに行こうかと企んでいる。