お客様が一滴でもコーヒーを残したら不安になる「ニューヨークでコーヒーの味を芸術のレベルまで引き上げる人達。」

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2016年2月、イギリスのNPO団体「アクション・オン・シュガー」の報告書によって、スターバックスの「ホットチャイ」の一番大きいサイズには、小さじ25杯分(約100g)の砂糖が入っていることが発表され世界的なニュースとなり、スターバックス社はこのニュースから間もなくして、2020年末までに加糖されているドリンクの砂糖の量を25%削減するという目標を発表しました

日本に上陸した1995年当時のスターバックスは、「一流の豆」や「エスプレッソ」による豊かな香りのあるコーヒーを提供し、好みによってカスタマイズできるという文化を築き、日本の喫茶店業界を震撼させましたが、2011年にお馴染みの人魚のロゴから「COFFEE」という文字が消し去られてしまったように、今ではコーヒーよりもキャラメルや生クリームなど、糖分と乳製品がたっぷり使われたデザートのようなドリンクの方が圧倒的に人気となっていて、かつてシアトルの小さなコーヒーのお店としてスタートしたことは、遠い過去のものになりつつあります。

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↑スターバックスの成功はコーヒーというより、「ミルクビジネスの成功」とする見方も出ている。

スターバックスが世界へどんどん進出していた2003年、「Joe Coffee」という小さなコーヒーショップが、4件のスターバックスが賑わっていたニューヨークの一角のすぐ目と鼻の先の距離にオープンし、コーヒー業界が「コーヒー」から離れ、人々が集まりやすく居心地の良さを売りにした「コーヒーハウス」へと流れていく中で、コーヒーという食の芸術に真剣に取り組む「コーヒーバー」としてコーヒーを極めることを目標に事業をスタートさせていきました。(1)

今年ワールドトレードセンターに13店舗目を構える予定といい、店舗数とともにコーヒーの味も日々成長し続けています。Joe Coffeeを立ち上げたジョナサン・ルビンシュタインさんは、ニューヨークで店を始めた頃を振り返り、次のように語っています

「あの当時のコーヒーを今味わったら、かなり大きなショックを受けるのではないかと思います。」

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↑「コーヒーハウス」ではなく、「食の芸術」。

ひとつのコーヒーの味を追求し進化していく店が現れたことで、ニューヨークではJoe Coffeeのように「コーヒー自体の味」にこだわる店に対して投資家の注目も集まっています。その背景には、コーヒー自体の味にこだわる店がスタッフへの教育やお客さんへの情報提供などを通じて一般の人々に「コーヒー愛」を育み、意識の高い「ファン」を確実に増やしつつある現状があります。

このままいくと、数年後にはシアトル系コーヒーのスターバックスやサンフランシスコ発祥のブルーボトルコーヒーなど、西海岸勢で染まりつつあったアメリカのコーヒー文化は、ニューヨークを中心とするアルチザン(モノを芸術のレベルまで極める人達)の文化に塗り替えられてしまうことも十分に考えられます。(2)

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↑資本の力で一気に拡大するのではなく、意識の高い「ファン」を確実に増やしていく。

Joe Coffeeのルビンシュタインさんは、生産者から取引業者・豆の焙煎者・バリスタ、そして消費者まで、コーヒー業界にかかわる全ての人々がもっとお互いにしっかりとした結びつきを持ち、「すばらしい一杯」にたどり着くことを目指していますが、日本でも「すばらしい一杯」のために人生をささげてきたアルチザンが存在しており、「コーヒーに憑かれた男たち」を執筆した嶋中労さんは、コーヒーに一生をかけるコーヒー店の店主たちの様を次のように描写しています。(3)

「茶を礼道として芸術の域にまで高めた国の男たちがいる。この男たちは律儀ゆえに、何ごとにも凝らずにはいられない。道具に凝り、焙煎に凝り、抽出に凝る。そして、コーヒーにおのれの人生を重ね合わせようとする。」

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↑一杯の飲み物が、その人の人生を映し出す。

飲んだコーヒーのカップをお客様が片付けるのが一般的になっている現代では、お客様がコーヒーを飲み残されていても店員は大して気にしないでしょうが、吉祥寺「もか」の店主を務めていた標交紀さんは、自分は完璧なコーヒーを出しているのだからお客様が最後の一滴まで飲み干すのは当然だと考えているため、飲み残しをされるたびに「自分のコーヒーはまだまだ未熟なのではないか」と、次のように不安に駆られていたそうです。(4)

「お客様が一口でも飲み残したりされている と、なぜ飲み干してくれなかったのか、どこか抽出に手ちがいがあったのか、それともお客様の体調がわるかったのか……と、つい気を回しすぎてしまったものだ。」

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↑完璧なコーヒーを出しているのだから、最後の一滴まで飲んでもえないと納得がいかない。

鮮度のよい豆を使うのが一般的となっている現代で、「カフェ・ド・ランブル」の店主の関口一郎さんは自宅を改造して「エイジングルーム」をつくり、ワインのように木箱や空調を整え、オールド豆を熟成させるのを生きがいとしていたそうですし、関西でコーヒー店を営み、コーヒー名人として知られていた襟立博保さんは「コーヒーでもいい」とか「コーヒーしかないのか」というお客様は一切受け入れず、従業員にも一流の舌を育てるために、酒もタバコもジャンクフードもやめるように繰り返し伝えていたそうです。(5)


↑コーヒーは、感性で味わうもの。

こうした「すばらしい一杯」を追求するコーヒー店の店主によって、日本ではドリップ式による独自のコーヒー文化が育ってきましたが、欧米の先進国ではエスプレッソマシーンや新しいコーヒー豆を使うことなどによる画一化したコーヒーが広まっており、吉祥寺のコーヒー店「もか」の常連で食味評論家の山本益博さんが、フランスとイタリアで日本のドリップ式コーヒーを振舞った際のエピソードを次のように紹介されています。(6)

「レストランのシェフたちに「もか」のコーヒーをいれて飲ませてやったところ、そのおいしさに一様におどろくと同時に、日本では今もこんな旧式のいれ方をしているのか?世界に冠たる機械好きの日本人がなぜ? という顔をされた。」


↑「すばらしい一杯」、まだまだ需要は少なくても、わかる人にははっきりとわかる。

Joe Coffeeのルビンシュタインさんの著書「Joe: The Coffee Book」の中でコメントを寄せている常連客は、コーヒーを「コーヒーを一杯」ではなく「Joeを一杯」と表現しています。アルチザンのいるコーヒー店を訪れる顧客は、もはやその成分であるカフェインによるリフレッシュ効果よりも、居心地の良さよりも、コーヒーに映し出される人間性に魅力を見出しており、Joe Coffeeに勤めているチャロウさんも次のようにコメントを寄せています。(7)

「私は今まで、仕事というものが、自分が一人の人間であることを感じさせてくれるものだとは思っていませんでした。(Joe Coffeeのように)タトゥーを入れた若者とスーツのビジネスマンが気軽に会話することができるような場所を、愛せないわけがありません。」

「すばらしい一杯」は、職業に限らず場所も性別も年齢も関係なく、人間的なつながりを作ってくれるようで、Joe Coffeeのファンでミネソタからやってくるグレッグさんとエレンさんは、「はじめはただJoeのコーヒー目当てだったけれど、今ではJoeは私のニューヨークのコミュニティになりました」と話しています。(8)


↑「コーヒーを一杯」ではなく「Joeを一杯」

英文学者で上智大学教授の小林章夫さんの著書「コーヒーハウス 18世紀ロンドン、都市の生活史」によると、かつて17世紀から18世紀のイギリスで栄えた「コーヒーハウス」は、人々のたまり場として誕生してから、情報センター・薬屋・秘密結社の集結所・郵便局、そしてビジネスの取引場所としてなど、時代とともに役割を進化させながら、その存在の意義を変化させていきましたが、今ようやくコーヒーそのものが高く評価され始め「すばらしい一杯」のコーヒーを主体として、コミュニティが作られようとしているのかもしれません。

実際に前述の吉祥寺「もか」は1991年に休業を宣言すると、その日から毎日電話が鳴り止まず、全国から抗議の手紙が300通以上届いたそうで、中には「何の権利があってそんな暴挙に出るのだ」というものまであったと言います。(9)


↑21世紀のコーヒーハウスは19世紀や20世紀とはまた違うものになるだろう

イギリスのメディア「The Telegraph」は、一般にも焙煎まで熟知する「コーヒー凝り性」が増えていて、これからどんな流行がやってこようとも本物のコーヒーを知る味覚の広がりだけは成長すると伝えていますが、いつの時代でも、どんなサービスや便利さのあるコーヒー店よりも「すばらしい一杯」のあるコーヒー店のほうが、より大きな幸せとつながりをつくることができるのかもしれません。

「Coffee Hunting Note 100カップログ」でコーヒー店めぐり用の記録帳を紹介している川嶋良彰さんが、店主が自分のコーヒーを説明できないような店でおいしいコーヒーの出る確率はかなり低いと述べているように、「すばらしい一杯」は店主の長年の研鑽(けんさん)の上に成り立っていて、店主それぞれの人生が伝わるコーヒーが増えることによって、コーヒーは「カフェイン飲料」でも「デザート飲料」でもなく、ものによって1000倍以上値段が違うワインのように「飲むことの楽しみ」として、もっと幅広く愛されるものへと変わっていくでしょう。(10)

 

※参考文献

(1)ジョナサン・ルビンシュタイ(Jonathan Rubinstein) 「Joe: The Coffee Book 」 (Lyons Press 2012年) Kindle 87
(2)ジョナサン・ルビンシュタイ(Jonathan Rubinstein) 「Joe: The Coffee Book 」 (Lyons Press 2012年) Kindle 95
(3)嶋中労 「コーヒーに憑かれた男たち」 (中央公論新社 2008年) Kindle 2795
(4)嶋中労 「コーヒーに憑かれた男たち」 (中央公論新社 2008年) Kindle 162
(5)嶋中労 「コーヒーに憑かれた男たち」 (中央公論新社 2008年) Kindle 351、1817
(6)嶋中労 「コーヒーに憑かれた男たち」 (中央公論新社 2008年) Kindle 2478
(7)ジョナサン・ルビンシュタイ(Jonathan Rubinstein) 「Joe: The Coffee Book 」 (Lyons Press 2012年) Kindle 716
(8)ジョナサン・ルビンシュタイ(Jonathan Rubinstein) 「Joe: The Coffee Book 」 (Lyons Press 2012年) Kindle 726
(9)嶋中労 「コーヒーに憑かれた男たち」 (中央公論新社 2008年) Kindle 2752
(10)川嶋良彰 「Coffee Hunting Note 100カップログ」 (世界文化社 2015年) p37

ABOUTこの記事をかいた人

真面目系会社員を経てライターへ転身。社会と日本海の荒波に揉まれながら日々平穏を探している。好きなものは赤ワイン。止められないものは日本酒。夢はいつか赤ちょうちんの灯る店で吉田類と盃を交わすこと。