前進するって、トキメキだ

久々に、家に機械を導入した。
ソーダストリーム。ご存知の方もいるだろう。家で手軽に炭酸水を作れる、あれだ。

今、来年度以降にリリースする予定の、とある飲料の企画が持ち上がっている。
僕はまがいなりにも、_SHIP KOMBUCHAという飲料を販売しているが、その少し先をいく、みんなをハッピーにする次の一杯。そんな、まだ輪郭すらはっきりしていないものだ。

もちろん、オリジナル商品の完成までの道のりは、まだまだ遠い。
それでも、着想から着手に至った今、胸の奥がじんわりと熱を持っているのがわかる。
この感覚、なんだか久しぶりだなと思った。

気づけば、記憶は17年前に飛んでいた。

2008年。
大泉工場に戻り、ゼロから何かを立ち上げようと決めた年だ。
選んだのは、ポップコーンという、誰もが知っている食べ物。僕はその少し先をいっている商品を軸に、ビジネスを展開しようと思った。

着想だけはあった。
でも、食のビジネスのイロハなんて、何ひとつ知らなかった。
イメージしているポップコーンは頭の中にあるのに、それをどうやって“現実のもの”にすればいいのか、皆目見当がつかない。コネクションもなければ、相談相手もいない。

時間だけが、静かに、しかし確実に過ぎていく。

なぜかそのときの僕は、「ポップコーンを作る前に、ポップコーンマシンを作ろう」なんていう、今思えばかなり無謀な発想にたどり着いた。
そして、厨房機器メーカーが集まる展示会に、ほぼ裸の状態で飛び込んだ。

2009年当時。
僕のイメージするポップコーンを作れるマシンは、日本にはなかった。
正直、絶望に近い感覚だった。

それでも、映画館やテーマパークでは、当たり前のように人々がポップコーンを食べている。
そしてYouTubeの向こう側の世界には、僕が思い描くポップコーンが、確かに存在していた。

まだ動画配信も、ネットショッピングも、今ほど洗練されていない時代。
情報は断片的で、頼れるのは検索結果と、自分の直感だけだった。

そんな中で、ふと、考え方がひっくり返った。
「マシンを作る前に、まずはポップコーンを作ろう」

今なら、当たり前の話だ。
でも、あのときの僕にとっては、ひとつの大きな転換だった。調理経験も何もない僕が、作れるかどうかもわからない空想(妄想)のポップコーンを、“自作”しようとするのだから。

合羽橋商店街でポップコーン豆を買い、少ない情報の中からレシピを拾い集める。
夜な夜な、家の小さなキッチンで、フライパンと小鍋を並べて、豆を弾き、キャラメルソースを煮詰め、混ぜ合わせて、ひとりで試食する。

家の中は、ポップコーンの香ばしい匂いと、キャラメルの甘い香りに包まれた。
幸せな興奮と、大きな不安と、かすかな希望が入り混じる、なんとも言えないカオスな空間だった。

その後、さまざまな出会いを介して、アメリカ・シンシナティのポップコーンマシンメーカーと繋がり、さらにシカゴで、僕が理想としていたショップが使っているマシンメーカーとも出会った。
事業は、少しずつ、でも確実に前へ進んでいった。

それでも、今でも脳裏に焼きついているのは、海外の工場でも、商談のテーブルでもなく、あの夜の、あのキッチンの匂いだ。

幸せな興奮。
不安。
希望。

これらをひとつの言葉にまとめるとするなら、きっと「トキメキ」なのだと思う。

成功するかもしれないし、失敗するかもしれない。
ほとんどの場合、その確率すら、わからない。
それでも「やってみる」と決める。その一歩は、想像以上に重い。

2026年の今、PC一台あれば、どこでも仕事ができる時代になった。
AIが文章を書き、画像を作り、アイデアの種を無限に出してくれる。

それでも、フライパンの前に立つことも、炭酸の音を聞くことも、手に残るベタつきや、失敗作の味を飲み込むことも、誰かに代わってもらうことはできない。
価値が生まれる瞬間には、だいたい、人間の身体が関わっている。

新しい飲料の着想は、実は数年前からあった。
でも、僕はずっと、その一歩を踏み出せずにいた。
また、あのカオスな空間に戻ることが、少し怖かったのだと思う。

うまくいかなかったらどうしよう。
時間だけが、また過ぎていったらどうしよう。

そんなことを考えながら、ずっと“頭の中”だけで、飲み物を作っていた。

でも、ある時、ふと、スイッチが入った。
「やっちゃえ」と。

成功する保証は、どこにもない。
でも、やらなければ、何も失わない代わりに、何も残らない。

ソーダストリームを一台、Amazonでポチっただけの話だ。
たったそれだけで、キッチンに、また小さなカオスが生まれた。

ハーブを煮込む、柑橘の香り。

シュッという音と、弾ける泡。
まだ名前もない、飲み物の原型。

たぶん、前進って、こういうことなんだろうと思う。
大きな決断でも、派手なニュースでもない。
キッチンの片隅で、ひとり、ちょっとだけ胸が高鳴る、その瞬間。

トキメキを、もう一度、日常の中に戻すこと。
それが、僕にとっての、前進だ。

こんなトキメキが日常茶飯事に起こる、大泉工場に興味を持っていただけたなら、ぜひ、リクルートページをのぞいてもらいたい。一緒にトキメキのある前進をしていきましょう。

ABOUTこの記事をかいた人

大泉寛太郎

1981年生まれ。 学生時代より、イベントチームやフットサルチームの立ち上げ、BarなどでDJとして活動。 大手商業施設でテナントリーシングや営業企画、PR、広報など幅広い分野を経験したのち、2008年大泉工場入社、2012年より現職。 アジアからオセアニア、ヨーロッパ、北米、アフリカと世界中を飛び回り、地球の「今」を体感。 「地球を笑顔で満たす」というMISSIONを掲げ、日々、いかに「素敵な環境を創造するか」自問自答しながら生きている。