「“利潤”を出さないということは、誰も傷つけないということ。」

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数々のイノベーションが世の中を豊かにし、食べ物や医療が豊かになったことで、日本人の平均寿命は江戸時代に50歳前後、そして現在は80歳前後と世界で最も寿命が長い国にまで成長を遂げました。

一生を終えるまでのタイムリミットが伸びたのであれば、その増えた時間でもっと人生を楽しみ、寿命の伸び率につれて、私たちの幸福度も上がっていくはずなのですが、実際はグローバル化やIT化など、経済が成長すればするほど、社会からの要求は増し、生産性を上げるためのテクノロジーが普及するにつれて、人々の労働時間も増えていくという調査も海外では取り上げられています。

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↑経済が成長すればするほど、忙しくなるという不思議なシステム(tokyoform)

経済学者であり、思想家でもあったカール・マルクスは資本主義の矛盾点を「生産手段」をもたない「労働者」が、自分の「労働力」を売ることでしか成り立たない構造にあると指摘しましたが、時間泥棒の話で有名な「モモ」の著者である児童文学作家のミヒャエル・エンデも、どんどん加速する資本主義の未来について次のように述べています。

「私が考えるのは、もう一度貨幣を実際になされた仕事やものと対応する価値として位置づけるべきだということです。そのためには現在の貨幣システムの何が問題で、何を変えなくてはならないかを皆が真剣に考えなければならないでしょう。人類がこの惑星の上で今後も生存できるかどうかを決める決定的な問いだ、と私は思っています。非良心的な行動が褒美を受け、良心的に仕事をすると経済的に破滅するのがいまの経済システムです。」(1)

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↑「労働者」が、自分の「労働力」を売ることでしか、成り立たない構造に問題がある (Mary Lock)

例えば、19世紀半ばのロンドンには大きく分けて2種類のパン業者がいます。一つは組合の流れを受け継ぐ「正常価格売り業者」と、もう一つは資本家がウラで手を引く「安売り業者」でしたが、安売り業者は、従業員をひたすら長い時間働かせることで、驚くほどの低価格を実現していました。(1)

実際、この「安売り業者」のパン屋の業務は過酷そのもので、多くの職人が健康を害し「42歳に達することはめったにない」とまで言われましたが、このような状況は資本家に搾取され、過酷な労働条件で労働者を働かせる日本のブラック企業に状況がよく似ており、このような労働者が搾取される世の中の仕組みは、150年前のロンドンと大して変わっていません。

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↑パンは驚くほど安くなったが、その分、多くの労働力が搾取され続けている (Will)

むしろ、現在では経済の仕組みがどんどんおかしくなり、有機野菜や消費者のためなどと言いながら食べ物を右から左に流すだけでお金を儲け、本当は自然と調和するはずの農業の仕組みが大きな流通システムとして資本の論理の中に組み込まれてしまっています。

そんなウソにまみれた社会や、顧客をダマして金儲けをする会社に嫌気がさしたある会社員、渡邉格さんは「どんなに小さくても、本当に良いことをしたい」と「パンを正しく高く売る」をモットーに、利益を出さないパン屋を岡山県の田舎にオープンしました。

渡邉さんのパン屋は500円や720円と田舎のパン屋にしてはかなり高額ですが、仮に非効率であっても手間と人手をかけて丁寧にパンをつくり、「なぜ高いのか」や「自分たちがやっていることの意味」をしっかりと丁寧に伝えることで、それを求めている人にはちゃんとそのパンが届くと言います。

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↑正しく高く売る (« R☼Wεnα »)

消費者目線で考えれば、商品は安ければ安いほど消費者に喜ばれますが、それは巡り巡って私たち労働者の首を締めているということに、まだ多くの人が気づいていません。

様々な技術が発展し、誰でも同じような仕事ができるようになることで商品やサービスの値段は安くなり、その分労働者は安くこき使われるという悪循環が生まれてきます。

そして、職場での仕事はどんどん単純化されていき、その仕事で付加価値を生み出す技術はいつまで経っても身につかないまま、ただ自分の「労働力」を資本家に売ることでしか成り立たないこの世の中の仕組みは、やはり何かおかしいような気がしてなりません。

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↑いつまで経っても付加価値をつける技術が身につかず、ただ搾取され続ける世の中 (tokyoform)

従来の資本主義と決別し、本当に人間らしい働き方をして世の中に必要とされるものを「正しく高く」売るためには、なぜこの商品がこのような値段になるのかをしっかり説明することはもちろんですが、日本の企業文化は従来からその都度コストの安い発注先を探すよりも、比較的長く付き合いがあるところに仕事を出す傾向が強く、これは欧米の「契約主義」や「経済合理主義」とは大きく違うところでもあります。(3)

つまり、このような「付き合い」や「お互い様」という概念が日本経済では上手く機能していたわけですが、いつの間にか欧米的な考え方がどんどん日本に入り込み「能力がない奴は搾取されて当たり前」、「結果を出せないのはすべて自己責任だ」という考え方が普通になってしまい、東京を中心にブラック企業が今もどんどん増えてしまっています。

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↑従来日本は「付き合い」や「お互い様」など、人の繋がりを特に大事する傾向があった (Ben Raynal)

「正しく高く売る」をモットーに岡山県でパン屋を営む渡邉さんは、パンの平均価格が400円と高いにも関わらず、毎月200万円前後を売上げ、週3日はお店を休んで一ヶ月は長期休暇を取っても十分やっていけるとして次のようの述べています。

「“利潤”を出さないということは、誰からも搾取をしない、誰も傷つけないということ。従業員からも、生産者からも、自然からも、買い手からも搾取をしない。そのために、必要なおカネを必要なところに正しく使う。そして、“商品”を“正しく高く”売る。」

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↑“利潤”を出さない。誰からも搾取しない (Tax Credits)

極端な言い方をすれば、安い人件費で大量生産された“安価でそこそこのモノ”はすべてガラクタみたいなもので、人々はそのガラクタを手に入れるために毎日一生懸命働いている、これが現在の資本主義の本質なのかもしれません。

そんな中で、ガラクタではない本物のモノを作って大きな利益を得るのではなく、どんな小さいことでもいいから「ほんとうのこと」を着実に実行していくことが、世の中の付加価値になっていくのではないでしょうか。

恐らくお金持ちにはなれないと思いますが、21世紀に大事なものは、20世紀とは大きく違ってくるのではないかと思います。

 

※参考文献
1.河邑 厚徳「エンデの遺言 ―根源からお金を問うこと」(講談社、2011年) Kindle P80
2.渡邉 格 「田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」(講談社、2015年)Kindle P279
3.松永 桂子「ローカル志向の時代 働き方、産業、経済を考えるヒント」(光文社、2015年) Kindle P894

ABOUTこの記事をかいた人

真面目系会社員を経てライターへ転身。社会と日本海の荒波に揉まれながら日々平穏を探している。好きなものは赤ワイン。止められないものは日本酒。夢はいつか赤ちょうちんの灯る店で吉田類と盃を交わすこと。