デンマークの世界一のレストランが教えてくれる、グローバル社会だからこそ活動範囲を狭めることの意味と、そこから生まれる莫大な付加価値。

iStock_000017790224_Medium

デンマークの首都、コペンハーゲンにある「Noma」というレストランは、驚くような料理を提供するレストランとして知られており、料理が鉢に植えられて出てきたり、コケやアリなど通常一般的なレストランでは見かけないような食材を使ったりと、国内外から訪れた人々を魅了しています。

Nomaは過去4回にわたり英国雑誌「世界のベスト・レストラン50」で1位を獲得し、世界は今「ニューノルディック・キュイジーヌ(新しい北欧料理)」に関心を寄せていますが、ほんの5年ほど前まで、北欧全般の食文化にはこれといった特徴がなく、評価はとても低いものでした。


↑数年前、デンマークのグルメツアーに行くなんて言ったら、大笑いされた

そんな北欧の食文化に劇的な変化を与えたのが、Nomaの創業者であるクラウス・マイヤー氏でした。彼は、料理とは季節や風景を表すものであると考えていました。そのため、見栄えや高級であるというだけでフランス料理ばかりが評価されていたことに納得ができず、まず料理自体を評価する仕組みを作ることにしたのです。

そこで、デンマークの料理評論家による「ディッシュ・オブ・ザ・イヤー」という料理コンクールを企画し、料理自体にフォーカスできるよう、審査の対象を地元で採れた食材を独自の方法で調理した料理に限定していきました。(1)

その後、マイヤー氏は料理調査のため訪れたデンマークのフェロー諸島で、それまで味わったことのないような甘く美味しいカブに出会ったのですが、実はそのカブは自分の庭で育てているものと同じ種類であったのに、まるで別の品種のように美味しく育っていることに衝撃を受けます。


↑季節や風景が、料理にものすごい影響を与える

そして、その土地の土壌や気候は、ワインの品質を左右するブドウのように、食材に影響するのかもしれないとの考えにたどり着いたマイヤー氏は、北欧の土壌や気候で成熟したものにこだわって素材を探し始め、これがNomaが提供するニューノルディック・キュイジーヌ(新しい北欧料理)誕生のきっかけとなりました。

新しい何かを生み出すとき「既存の枠にとらわれるな」というアドバイスをよく耳にしますが、北欧にはない新しいものを外部から持ってくるのではなく、もともと北欧にあるものに目を向けたマイヤー氏の発想は、新しいアイデアはいつでも「既存の枠の中」、つまり既に存在しているものの中にあることを教えてくれます。


↑新しいアイデアや発想は、実は自分の一番近い場所にある

現代デンマーク詩人のセーアン・ウルリク・トムセンも、2011年に発表した詩集「震える鏡」の中で、「どの文章も、ほかの人が記した計り知れないほど多くの文章の影響を受けている」という注記を付け、具体的に自分が何を借用したのかを記しているそうです。スティーブ・ジョブズが画家パブロ・ピカソの「凡人は模倣し天才は盗む」という言葉を引用しながらインタビューに答えていたことにも見られるように、新しいものというのはいつでも既に存在しているものがヒントになって生まれているのだと、マイヤー氏も次のように述べています。(2)

「人は絶えず自分のいる状況に縛られています。枠の外に出て考えたいと思っても、そんなことはできないのです。私たちは完全に周縁部で働いているというのが、正しい考え方だと思います。私たちが動けるのは、せいぜいその範囲内です。その場所こそ、私たちの挑戦の舞台なのです。素材はまさにそこに存在しています。」(3)


↑どれだけグローバルな社会になろうと、人間の活動範囲なんてたかがしれている

アメリカの心理学教授チクセントミハイは、創造性とは個人の心理的なものから生まれるのではないと明言し、周囲の環境のほか、周囲の人間関係も強く影響してくるのだと説明しています。(4)

Nomaでは、すべての料理人が料理の実験や開発の場を持てるようにと、毎週土曜日に「サタデーセッション」という料理発表会を行っており、料理人が試作したものを料理長であるルネ・レゼッピや副料理長が食べて評価を行うそうですが、なかには冗談のような料理も出てくると言います。それでも一つひとつの料理を真面目に評価し、優れた料理であればすぐにでもメニューに追加されるなど、新しい料理開発に大いに貢献しているのです。(5)


↑本当に冗談の料理も出てくる、でもそれが本当の「サタデーセッション」の良さ

閉店後のリラックスした雰囲気の中で行われるサタデーセッションは、料理人の誰もが試作品を決して厳しい目で見るのではなく興味や関心の目で見ており、また試作品を出す側の料理人も自信を持って発表している様子からは、料理人同士が一丸となって新しい料理を生み出そうとする姿勢がうかがえます。

Nomaが成長しているのには、チクセントミハイが創造性は周囲の環境と人が重要であると述べているように、「サタデーセッション」を通じた料理人同士のアイデアの出し合い、意見を交換し合うことが要因の一つになっていると言えるのかもしれません。

このようなアイデアの出し合いや意見の交換は、実はデンマークでは教育の一環として行われており、特に15歳から18歳までの学生が通う通常1年間の「エフタースコーレ」と呼ばれる全寮制の学校では、生徒の自主性を尊重しているのだそうです。

エフタースコーレでは週に一回、生徒と教員のすべてが参加する会議を設け、生徒は不満や要求を教員にぶつけたり、それに対し教員が生徒に説明し、理解を求めるなど一種のコミュニケーションの場にもなっていて、その他にも、生徒たちの自主的な企画について討論したりするなど、生徒が自由に意見を言い合う場が意識的に作られています。


↑この文化はNoma独特というよりは、デンマーク全体の文化

自由に意見を言い合い、さらに朝から晩まで時間を共に過ごす学生同士、あるいは学生と教員のコミュニケーションはとても密であるため、多くの卒業生は「ここは大きな家族だったよ、その後も連絡をとっている人は多い」と語っています。

自分で考えて意見を出すことや、自主的に何かを企画することが、教育の一環として行われているデンマークでは、もとより創造しようとするエネルギーが文化として根付いており、だからこそ、Nomaのように創造性豊かなレストランが誕生したのかもしれません。


↑本当に付加価値を生み出す人やモノは意外と狭い、自分の周りにいる

かつては乏しい食文化から笑われていた北欧デンマークで、Nomaという創造性豊かなレストランが世界に認められ、今では多くの人々を楽しませていますが、その要因は意外にも「身近にある食材を使用した」という、とても単純なものでした。

グローバル化が進み、どんなに遠くにあるものでも簡単に手に入れることができるようになってしまった今の時代、わたしたちの視野は外に広がる一方です。そんな中で、近くにあるものを見逃しがちになっていることは否定できず、これは人間関係も同じことで、人と人との信頼関係は面と向かって意見を交換し合うことで築かれていき、インターネットで繋がっている遠くの相手よりも、もっと「身近にいる相手」に目を向けることが本当に新しい考え方なのかもしれません。

北欧限定の素材で食文化を劇的に変化させ、人と人との信頼関係によって日々新しい料理が開発されているデンマークから生まれたNomaというレストランは、新しい料理を世の中に提供してくれただけではなく、身近にあるものの大切さを教えてくれているようです。

(1)クリスチャン・ステーディル、リーネ・タンゴー 「世界で最もクリエイティブな国デンマークに学ぶ発想力の鍛え方」 (クロスメディア・パプリッシング、2014年) P236

(2)クリスチャン・ステーディル、リーネ・タンゴー 「世界で最もクリエイティブな国デンマークに学ぶ発想力の鍛え方」P85

(3)クリスチャン・ステーディル、リーネ・タンゴー 「世界で最もクリエイティブな国デンマークに学ぶ発想力の鍛え方」P242

(4)クリスチャン・ステーディル、リーネ・タンゴー 「世界で最もクリエイティブな国デンマークに学ぶ発想力の鍛え方」P58

(5)クリスチャン・ステーディル、リーネ・タンゴー 「世界で最もクリエイティブな国デンマークに学ぶ発想力の鍛え方」P253

ABOUTこの記事をかいた人

真面目系会社員を経てライターへ転身。社会と日本海の荒波に揉まれながら日々平穏を探している。好きなものは赤ワイン。止められないものは日本酒。夢はいつか赤ちょうちんの灯る店で吉田類と盃を交わすこと。