世界大恐慌からグルメポップコーン時代、そして未来を先導するポップコーンメーカー

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大泉工場のポップコーン(FUN FOOD)のはじまりは「FUN FOODのはじまりとFUTUREへの想い」はこの記事で紹介しましたが、FUN FOODマシンという観点で今回、ご紹介させていただきます。

どこのメーカーのマシンを使っているのか、気になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。
主に2社のマシンを私たちは輸入していますが、そのうちの1社についてお話します。

1931年の世界大恐慌時代からはじまる大手ポップコーンメーカー

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濃縮飲料のメーカーとして、1931年の世界大恐慌の真っ只中に創業。FUNFOODマシン及び食材のメーカーであるGOLDMEDAL社(以下、GM社)の始まりは、1931年に創設者のデイヴ・エヴァンス氏が2,000ドルの資金を調達し、キングス社を買収するところから始まります。このキングス社が後のGM社となります。

当初、GM製品は濃縮飲料でした。その後、シェーブアイスマシン、シロップディスペンサー、ポップコーン材料、ポップコーンマシンの販売で成長を続けていきます。

【1940年代】
第2次世界対戦の時代に入り、映画館のスナックとして紹介されたポップコーンが更に成長していきます。
1949年にはGM社初の「ポップ・ア・ロット」という小型の6オンスポップコーンマシンを発表します。マシンそのものは変化をしていますが、この名称は現在でも6オンスマシンの名称として残っています。

【1950年代】
1950年代にドライブインシアターが流行するにつれて、GM社の活躍の機会も増えていきます。ほとんどのドライブインシアターでスノー・コーンが導入。コットンキャンディの紙コーンで特許を取得するなど企業イメージが向上していきます。

【1960年代】
今日でも開催されている、GM社代理店会議の開催を始め、支店展開への投資を続けた。ポップコーンマシンでは、製品ラインの拡張が続いた。技術革新により、より小型で安価な製品とより頑丈な製品生産が可能となりました。

GM社のフレーバー部門の成長と発展の時代、そして業界をリードする

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【1970年代】
スウェーデン、ドイツ、デンマークに販売代理店が加わり国際的な発展が巻き起こりました。この頃、GM社は業界のリーダーとしての地位を確立しています。顧客がライブデモンストレーションを見てすべての製品ラインについて学ぶことができるコンセッションセミナーイベント/オープンハウスの提供を開始しました。

【1980年代】
アメリカを中心にグルメポップコーンの事業が軌道に乗り、GM社が先導しました。キャンディーでコーティングされたフレーバーをケトルに直接追加できるユニークな製品であるGlazePop®を発明。またパン屋向けの新しい製品ラインとして、ドーナツ、ベルギーワッフル、ワッフルコーンが開発・製造しています。

【2000年代】
ポップクリーン(排気フィルターシステム)が導入されより大きな顧客ニーズに対応できるようになりました。
その他の技術革新として、よりエネルギー効率の高いスーパーポップマックスケトルなどが開発されています。

【2010年代】
グルメポップコーンは最も急成長している市場の1つ。GM社は過去10年間で売上高が2倍になりました。
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大泉工場がFUTURE FUN FOODの前身であるFUN FOOD事業をスタートしたのが2010年。
GM社のネットワークとして、大泉工場も日本の販売代理店になっています。

私たちのFUN FOOD(楽しい食べ物)であるポップコーンは、アメリカのポップコーンマシンメーカーの製品を輸入して日本国内に販売しています。またナチュラルな原料を使用している「WO!POPCORN!」もGM社のポップコーンマシンで豆を弾いて、商品化しています。

GM社は決して歴史の浅いメーカーではありません。世界大恐慌時代から創業している技術のノウハウが蓄積されたメーカーです。

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ABOUTこの記事をかいた人

YUTAKA IGARASHI

前職は大手ガスエンジニアリング会社にて様々な業務に関わる。機械設計、メンテナンスに関わっていたことから、大泉工場のマシンメンテナンスに関わるために入社。 食と健康に関心を持っていたことから未来を見据えたFUTURE FUN FOODチームに所属。趣味はドラムを中心とした音楽活動。