便利さの先で、何を捨てずにいられるか

最近、よく考えることがある。

ChatGPTやGeminiをはじめとした生成AIの登場によって、高精度な言語化が、誰にでも開かれた時代になった。
伝えたかったことが、驚くほど整った文章になり、企画書も、メールも、Slackのメッセージも、一瞬で“それっぽく”仕上がる。

これは間違いなく、いい時代だ。
業務効率は上がり、意思疎通のスピードは加速し、新しい価値が生まれるまでの距離は、確実に短くなった。

僕自身も、まだまだ完全に使いこなせている自信はないが、そういったAIの恩恵を思い切り受けている。

一方で、最近、少しだけ引っかかる感覚もある。

資料やSlackのやり取りの中で、「あ、これはAIコピペだな」と、すぐにわかってしまう文章が増えてきた。
文法は正しく、構成も整っている。
でも、なぜか心に残らない。

AIを使うこと自体は、まったく問題じゃない。むしろ、使わない理由はない。
問題は、「どう使うか」だ。

僕らは、AIを使う側であって、使われる側ではない。
自分の意見や意思、違和感や仮説がないままAIに頼ると、表層だけが綺麗に磨かれて、中身が置き去りになる。

それは、言い換えれば、“熱のない言葉”だ。

AIやテクノロジーにあって、僕ら人間にないものは、山ほどある。
でも、AIになくて、僕らにしかないものもある。

それが、熱だ。

何かを始めるときには、必ず熱が発生する。
やりたい、伝えたい、変えたい、形にしたい。この想いという熱の温度が高ければ高いほど、行動は深くなり、粘り強くなる。そして思考は研ぎ澄まされ、結果がその温度に比例する。

熱のない言葉は、すぐに見抜かれる。
どんなに整っていても、どこかで化けの皮が剥がれる。

正直に言おう。僕は毎週コラムを書く中で、必ずChatGPT(ちゃと丸と命名)を使っている。
ただし、活用する「順番」だけは必ず決めて、守っている。

まず、テーマを決め、自分の頭で考え、自分の言葉で2000文字前後を書き切る。
そのテキストをちゃと丸に投げ、辛口採点とコメントをもらい、リライトする。

なぜか。

僕は、コラムを通じて、情報ではなく“熱”を伝えたいからだ。
僕の違和感や、体験や、まだ言語化しきれていない感情は、AIがゼロから生み出すことはできない。テーマを投げただけで構成することは不可能だ。

最近、Amazonがアメリカで展開していたAmazon Goを、全店閉鎖するというニュースを目にした。完全無人レジという、象徴的なテクノロジーは、Whole Foods Marketへと統合されていくという。

このニュースを見たとき、僕は「熱」の話だな、と思った。

海外でスーパーに行ったことがある人なら、きっと経験があると思う。レジでの、ほんの短い雑談。「調子どう?」とか、「今日は寒いね」とか。英語が得意でも不得意でも、必ず何かしらのやり取りが生まれる。

Amazon Goには、それがない。会計をせず、商品を手に取って、そのまま店を出る。
画期的で、効率的で、未来的だ。

でも、そこには、人と人の間を行き交う、会話から発生する熱が、介在しない。

一方、Whole Foods Marketには、明らかに熱がある。僕はアメリカに行くと、ほぼ必ず立ち寄る。

以前、プロテインの市場調査をしていたときのこと。売り場で品出しをしていた、60歳近い女性スタッフに、「ホエイ入りのプロテインはどれですか?」と尋ねた。

彼女は、該当商品を教えてくれただけでなく、植物性プロテインの話、最近売れている商品、僕の目的に合いそうな選択肢、新しく入荷した商品まで、10分近く、立ち話をしてくれた。

彼女は、ただ品出しをして時間を切り売りしているだけのパートタイムスタッフではなかった。その売り場に、熱を持って立っていた。

その時間は、僕を少し賢くしたし、結果として、その店への信頼も深めた。

結局、人間は、ひとりでは成長できない。
集団生活をしないと生き抜くことができなかった原始の時代から、未来永劫、それは変わらない。

ロボティクスやAIは、表層的なサービスは提供できるだろう。「ホエイ入りのプロテインがどこにあるか」この答えなんて1秒もかからず教えてくれる。
でも、相手の裏にある意図や、言葉にならない欲求を汲み取り、「この人に会えてよかった」と思わせる体験を生み出すのは、まだ難しいのではなかろうか。

僕は、この越えられない壁を、“熱”と呼んでいる。

だからこそ、AIやテクノロジーの恩恵は、これからも最大限受け取る。
その上で、僕ら人間は、人にしか伝えられない熱を、どう磨き、どう手渡していくのか。

便利さの先に、何を思い出すか。
効率の裏側で、何を捨てずにいられるか。

AIが進化するほど、「どんな熱を持った人と、どんな時間を過ごしたいか」が、ますます問われていく気がしている。

最後にもう一つのエピソードを。

僕はこのコラムを、会社近くのマクドナルドで書いている。席につき、モバイルオーダーでホットコーヒーを注文すると、スタッフさんが商品を席まで運んできてくれる。そしてコーヒーを僕に手渡すと、どのスタッフも「ありがとうございました」と満面の笑顔で席を離れていく。

思わず僕も笑顔が溢れ、「ありがとうございます」と言葉を返す。たわいもないやりとりだが、この一瞬の熱が僕を魅了し、足を向けさせていることは間違いない。

こうした“熱”を、仕事の現場で交わし続けたいと思っている。

もしどこか引っ掛かるものがあったなら、それが合図かもしれない。

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