アイドルが“偶像”でなくなったのは、いつからだろうか。
僕が幼い頃、テレビや雑誌に映る芸能人やアイドル、スターたちは、明らかにこちら側の世界の人間ではなかった。画面の向こう側にいて、触れることはおろか、声をかけることすら想像できない存在。さらに時代を遡れば、銀幕を彩る俳優たちは、もはや人間というより神話の登場人物に近い扱いを受けていたのではないかと思う。
ところが、時代は変わった。
今や、CDを買えば、チケットが手に入り、アイドルと握手ができる。
その仕組みを設計した秋元康という存在は、やはり天才だと思う。
“憧れ”という抽象的な感情を、“行動”と“対価”に変換した。
働く。稼ぐ。買う。会える。
この一連の流れを、誰にでも見える構造にしたのだから。
もちろん、そこには賛否がある。
だが、構造として見れば、極めて現代的な変革だ。
前置きが長くなったが、僕がここで言いたいのは、アイドル産業の話そのものではない。
今の時代は、ある程度の実績を積み重ねれば、かつては“届かない側”にあったものに、手が届く時代になった。
ただし、僕はそこに、もう一つ条件を付け加えたい。
楽しんで、実績を出すこと。
この「楽しむ」という要素は、軽く見られがちだが、実はかなり本質的だと思っている。
僕は昔から、「ワークライフバランス」という言葉が、どうにも腑に落ちなかった。
サラリーマン時代、上司に「楽しく働きたい」と言ったら、「仕事が楽しいわけがないだろ」と一蹴されたことがある。
当時は、そういうものなのだと、半ば納得した。
それでも結果的に、僕はその職場を、辞めたくないくらい楽しく働いていた。
今振り返ると、仕事とプライベートの境界線は、かなり曖昧だったのだと思う。
仕事で出会った人が、プライベートの友人になり、プライベートの興味が、仕事の企画に持ち込まれる。
どちらかが、どちらかを侵食するのではなく、互いに混ざり合いながら、少しずつ広がっていく。
それは、バランスというより、ハーモニーに近い感覚だった。
仕事を通じて生まれた熱量が、人生の他の部分にも流れ込み、逆に、人生で感じたことが、仕事の意思決定に影響を与える。
この循環が回り始めると、不思議なことが起きる。
KOMBUCHAの事業を続けている中で、僕が個人的に憧れていた人物が、「実はKOMBUCHAが好きなんです」と、向こうから声をかけてきてくれたことがある。
一度や二度ではない。
仕事の文脈とはまったく関係のない場所で、たまたま出会った人が、僕の話す仕事の内容に興味を持ち、その先で、思いもよらないディールにつながったこともある。
これは、運が良かっただけだと思う人もいるだろう。
けれど、僕自身は、そうは思っていない。
楽しく続けていることには、熱が宿る。
熱のあるところには、人が集まる。
人が集まるところには、情報と機会が集まる。
この流れは、人生だけでなく、事業や組織の中でも、同じように機能する。
金銭的な豊かさだけではない。
自分がやっていることが、誰かの興味になり、誰かの選択肢になり、時には、誰かの人生の方向を少しだけ変えてしまう。
その事実に気づいたとき、仕事は単なる“生計の手段”ではなくなる。
僕はこう思っている。
好きなアイドルと手を繋ぎたければ、楽しく、働き続けることだ。
ただし、それは、アイドルに会うために働く、という話ではない。
楽しく働くことで、自分の世界が広がり、世界が広がることで、かつては遠くに見えていた存在や場所や人が、いつの間にか、同じテーブルに座る距離に来ている、という話だ。
偶像が降りてきたのではない。
こちら側が、少しずつ、歩いていったのだ。
綺麗事に聞こえる人もいるだろう。恵まれていると思う人もいるだろう。
それでも僕は、そういった声も引き受けた上で、素敵な環境を創造し続けるというアクションを、チームの仲間たちと続けていく。
もし、大泉工場というチームの歩き方に、少しでも興味を持ってもらえたなら。
ぜひ、リクルートページから、僕らの現在地を覗いてみてほしい。





