ドライな時代に、あえてウェットで生きる理由

様々なコミュニケーションツールが増えた中で、僕が大切にしていることがある。
それは、人との“生のコミュニケーション”だ。

メッセージアプリ、SNS、オンラインミーティング。
さらに言えばリモートワークと称して、人と会わずに仕事をすることすらできる。

僕らは、いつでも誰とでも繋がれる時代に生きている。
それ自体は素晴らしい進化だと思うし、僕自身も日々その恩恵を受けている。

けれど、その便利さの裏側で、多くの人々が、何か大切なものを置き去りにしているような気もする。

先日、久しぶりに沖縄に仕事で訪れた。
そこでの出会いから生まれた体験は、今の僕にとって、とても象徴的なものだった。

僕らの_SHIP KOMBUCHAを懇意にし、取り扱ってくださっている店舗「まぁいっ家」に足を運んだ。
そこは若いスタッフたちが切り盛りしており、決して立地的に恵まれているわけではないのだが、それでも店内は多くのお客様で賑わっていた。

一人で訪れた僕は、自然とスタッフと会話をしながら、料理とお酒を楽しむ。
その延長線上で、隣に座っていた常連風の外国人と目が合い、気づけば会話が始まっていた。

お互いのバックグラウンドを探るわけでもなく、ただ自然と言葉を交わす。
その中で彼が教えてくれたのが、とある施設だった。

後日、僕はその場所を訪れることになる。
沖縄科学技術大学院大学、通称OIST。

小高い丘の上に広がるキャンパスには、多様な人種の研究者のたまごたちが集まり、心地よい空気の中で新たなイノベーションを生み出していた。
その空間は、まさに“創造が起こる場所”だった。

正直に言えば、僕はその存在を知らなかった。
でも、あの何気ない会話がなければ、この場所に訪れることもなかった。

キャンパスの入口で対応してくれた守衛の方も、僕が埼玉県から来たことを伝えると、にこやかに彼自身の話をしてくれた。
ほんの数分のやり取りだったが、その温度が、その場の印象を大きく変えた。

また、ふらっと立ち寄ったレストランでも似たようなことがあった。
駐車場で案内をしてくれていた、齢七十を超えるであろう男性と、自然と会話が生まれる。

人気店ゆえに待ち時間は長かったが、その時間すら心地よいものに変わっていく。
予定されていないコミュニケーションが、その場の価値を確実に引き上げていた。

こうした体験を通して、僕は改めて思った。
価値は、効率の中からだけでは生まれない。                        

むしろ、非効率の中にこそ、新しい価値の種が眠っている。

僕らの直営店であるBROOKS GREENLIT CAFEや、川口のOKS KAWAGUCHI CAMPUSで定期的に開催しているイベントも同じだ。
ただ繋がるだけ、催すだけでは、何も起きない。

その場で顔を合わせ、言葉を交わし、空気を共有する。
そこから生まれる“温度”が、次の展開を連れてくる。

LINEやDMだけでは、何も起こらない。
むしろ、そうしたツールではまかないきれない何かが、そこには存在している。

今の世の中は、少しドライに寄りすぎているように感じる。
合理性や効率性が重視される中で、無駄を削ぎ落とすことが正義とされている。

もちろん、その流れ自体を否定するつもりはない。
ただその過程で、本来残しておくべき“余白”や“揺らぎ”までも削ぎ落としてしまってはいないだろうか。

人との雑談。
偶然の出会い。
予定調和ではない会話。

一見すると無駄に見えるそれらこそが、実は価値創造の起点になっている。

最近、僕は自分の住むマンションのお隣さんと親しくなった。
このマンションに住んで10年近くになるが、会話をするようになったのはここ数ヶ月のことだ。

ゴミ捨てのタイミングが重なり、何気ない会話が始まる。
やがて仕事の話になり、その方が長く飲食業に携わってきたことを知る。

さらに話を進めると、なんと僕が以前経営していた店の常連だったという。
偶然とは思えない繋がりに、思わず笑ってしまった。今度、料理の余り物を持って行ってあげる。そんな会話まで。

昭和の「お隣さんから醤油を借りてきて〜」こんな世界観が、令和にふと立ち上がる。
その感覚が、なぜかとても心地いい。

そして面白いのは、その“ほっこり”の先に、事業の可能性が見えてくることだ。
そのお隣さんの取り組みもまた、オーガニックという文脈に繋がっていた。

ウェットな関係は、ただの情緒ではない。
そこには、まだ言語化されていない価値が眠っている。

少しだけ、ウェットに生きてみる。
効率だけでは測れない時間を、あえて持ってみる。

すると、これまで見えなかった繋がりや、想像もしなかった展開が立ち上がってくる。

新しい価値は、計画された会議室の中だけで生まれるものではない。
偶然の会話や、余白の中から、静かに芽を出すものだ。

だからこそ、僕らは“会う”ことをやめてはいけない。

大泉工場もまた、そうしたウェットな関係性の中から、多くの価値を生み出してきた。
そしてこれからも、その延長線上に未来があると思っている。

今日、誰かと少しだけ、立ち話をしてみる。それくらいでいい。              

きっとそこには、まだ見ぬ可能性が広がっている。

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