人生は、たくさんの小さなスイッチでつくられる

いつからだろうか。
僕らが食事の前に手を合わせて「いただきます」と言う習慣を、あまりしなくなったのは。

子どもの頃、給食の時間には必ずこの行為があった。
机を向かい合わせ、全員が席につき、係の子が「いただきます」と声を出す。
その合図で、みんな一斉に食事を始める。

あの光景は、今思えばとても整った、素敵な時間だったと思う。
食べるという行為に、明確な「始まり」があった。深い意味は分からずとも、本能的に大切な行為だと理解し、当たり前のようにみんな揃って行っていた。

しかし大人になるにつれ、その所作は少しずつ消えていく。
外食では言わない人も多いし、家でもなんとなく食べ始めることがある。

いつからそうなったのか、僕自身はよく覚えていない。
ただ、気づいたときには、この行為をできるだけ大事にしたいと思うようになっていた。

食事の前に手を合わせる。
そして「いただきます」と言う。

それだけのことなのだが、この所作があると、食べるという行為に一つのスイッチが入る。

ただお腹を満たすのではなく、
「今から食事をする」という時間に切り替わるのだ。

以前、アメリカのミネソタ州セントポールにある、ビジネスパートナーのTOMさんの家に招かれ、ディナーをご一緒したことがある。

彼の家族が勢揃いし、大きなテーブルを囲む。
10人近い家族が席に座り、料理が並び、そして食事の前に全員が手を取り合い、目を瞑った。

そしてイエス・キリストへの祈り<Grace>が始まる。

言葉はすべて理解できたわけではないが、その祈りはとても静かで、穏やかな時間であり、まるで海外ドラマのワンシーンのようだった。

何より印象的だったのは、そこにいた家族全員が、その所作を自然に行っていたことだ。
誰かに言われてやっているのではない。
長い時間の中で、家族の習慣として根付いている。TOMさんの小さく、とても可愛らしい孫までも、同じようにGraceをしていることが、とても印象的だった。

祈りが終わった瞬間、空気が変わる。
そして食事が始まる。

その時間を体験したとき、僕はふと思った。
「ああ、これもスイッチなんだな」と。

日本の「いただきます」も、同じようなものなのだと思う。

食べ物は、もともとは命だったものだ。
植物も、動物も、調味料に含まれる微生物も。

さらに言えば、そこには生産者がいて、料理を作ってくれた人がいる。
たくさんの手と時間が重なり合って、食卓の上に届く。

「いただきます」という言葉には、
命をいただくという意味と、
作ってくれてありがとうという感謝が含まれている。

たった一言だが、とても深い言葉だと思う。

そしてこの一言があるだけで、食事の時間の意味が少し変わる。
不思議なことに、味わい方まで変わる気がするのだ。

こうした「スイッチ」は、実は日常のあちこちに存在している。
人によって形も色も違うが、それぞれの生活の中に、小さなスイッチがある。

大泉工場にも、仕事を始めるためのスイッチがある。

僕らは毎朝9時から「good & new」という朝礼をしている。

フライングボールという、小型のドローンのようなおもちゃを投げ合い、受け取った人が24時間以内にあった嬉しかったことや気づきを、1分以内で話す。

話し終えると、その場にいる全員が拍手をする。
そして次の人にボールを投げ渡す。

これを毎朝続けている。

一見すると、ただの雑談のように見えるかもしれない。
しかしこの時間があることで、チームの空気が少し変わる。

ポジティブな出来事を共有する。笑顔が生まれる。
それに対して拍手をする。

その流れの中で、自然と仕事への前向きなスイッチが入るのだ。

会社という場所は、基本的には他人の集まりだ。放っておくとどうしても課題や問題の話が中心になりがちだ。
だからこそ、最初にポジティブな話をする時間を創ることでお互いを知り、チームワークが形成される。

この習慣は、我ながらいいスイッチになっていると思う。

そしてもう一つ、僕にはとても個人的なスイッチがある。

それは、眠る前の時間だ。

ベッドに入り、脇に置いてあるテーブルの上の本を手に取る。
数ページ読む。

すると、不思議なことに眠るためのスイッチが入る。
そのタイミングで電気を消し、眠りにつく。

一日の終わりに、本を読む。

この行為は、今日一日働いてくれた頭を休めるための、小さな儀式のようなものだ。余談だが、スマホのブルーライトを眠る前に見ないというのも、逆の意味でのスイッチだ。

考えてみると、僕の生活の中にあるスイッチには、ある共通点がある。

それは、ポジティブな気持ちと、感謝だ。

食事の前の「いただきます」。
仕事を始める前の「good & new」。
眠る前の読書。

どれもほんの小さな行為だ。
しかし、その小さな行為があることで、時間の意味が少し変わる。

人は意外と、こうした小さなスイッチの積み重ねによって生きているのかもしれない。

忙しい日々の中で、何となく時間が流れていくことも多い。
だからこそ、意識的にスイッチを押す。

今日という時間を気持ちよく始めるために。
そして、気持ちよく終えるために。

だからこそ、スイッチを素敵に整えておくことは、素敵な人生をつくることに近いのかもしれない。

僕はこれからも、そんなスイッチを大切にしていきたいと思う。

大泉工場リクルートサイトはこちら