情報過多な時代に”立ち止まる”ことの難しさ、大切さ

こんにちは!PR TEAMの江里です。

みなさんは、最後にスマホから1時間離れたときっていつでしょうか?

ちなみに僕はというと、、、思い出せません。汗

「スマホを操作していない」という意味では”睡眠中”も該当しますが、「意識的にスマホを使用しないで過ごす」となると、途端にハードルが上がるのではないでしょうか。「ネット断捨離」なんて言葉もあるくらい、気合いを要する行動になっていると思います。

「情報にアクセスする」という側面においては、ここ20年ほどで本当に便利になりましたよね。

パソコンが手のひらサイズになり、誰でも発信ができるようになり、無料の情報も増え、映画は月千円ほどで見放題、音楽だって聴き放題。

しかも、移動中で手が空いてないときはポッドキャストだってあります。

ただ、ふと思うのは「立ち止まる難易度が上がった」ということでしょうか。

20年弱で変わった景色

本題に行く前に、ちょっと振り返りをしてみたいと思います。

ここ20年弱で、コンテンツへの接し方/消費の仕方がどのように変わっていったのか、これに大きく影響を与えたサービスやデバイスをずらっと並べてみました。


サービス・デバイスの変化(2004-2019)

2004: mixiサービス開始(SNS)
2007: Youtube上陸(動画)
2008: iPhone 3G発売(デバイス)、Facebook・Twitter上陸(SNS)
2010: iPad発売(デバイス)
2011: LINEサービス開始(SNS)
2012: Kindle発売(読書・デバイス)
2014: Instagram上陸(SNS)
2015: Audible上陸(読書・音声)、Netflix上陸(動画)、Apple Watch発売(デバイス)
2016: Spotify上陸(音楽)、AirPods発売(ワイヤレスイヤホン)
2017: TikTok上陸(SNS・動画)
2019: Spotifyポッドキャスト強化(音声)

※海外サービスについては、日本でサービスを開始した年で記載しています。


どうでしょうか。

デバイスについては、机の上に置くパソコン、手で持つスマホ、腕につけるスマートウォッチと、画面はどんどん小さくなり、みんなが”高性能のミニパソコン”を身につけているような状況になってきています。

コンテンツの在り方についても、紙の本の電子化によって物理的な制約がなくなり、数千冊を持ち運べるように。音楽はCDから定額の聴き放題へ、映画もレンタルから見放題方式に変わってきています。

SNSの話でいえば、国内では”元祖SNS”ともいえるmixi(ミクシィ)からはじまり、Facebook、Twitter、Instagram、TikTokと日本に上陸。テキスト・写真・動画を誰もが発信/受信できるようになり、それを通じて世界中の人々と繋がることができるようになりました。

Audible(オーディブル)なんて「本を聴く」サービスです。そんな時代がくるとは、僕は想像もしていませんでした。本は”読む”ものだと思っていましたから。

音楽やポッドキャストを聴くためのイヤホンだって、ワイヤレスがどんどん普及してきています。”ケーブルがからまる問題”とも、サヨナラしつつあります。

便利になったけど、”空白”は減った

こうやって振り返ってみると、ほんとうに便利になったなぁと思います。

それと同時に、日々の生活の”空白”が減っていき、”立ち止まる”ことの難易度が上がっているようにも感じます。

「スキマ時間を活用する」なんて表現がありますが、今や、ありとあらゆるコンテンツが”スキマ時間”に入り込めるような雰囲気です。

コンテンツはテキストから写真、動画へとどんどん情報がリッチになっていく一方、Instagramストーリーズは15秒、TikTokも”15秒動画”としてサービスがはじまっています。

情報密度が上がり、尺は短くなり、どんどん圧縮され、通勤中の電車内やエレベーターでの待ち時間などにスマホをぱっと開けば、なにかしらのコンテンツを閲覧できます。

「いかなる時間も有効活用していくぞ!」という目線で考えてみると、情報収集の仕方次第では便利な時代になったと思います。

一方で、便利すぎて中毒性もあることで「とりあえずスマホを開く」という新しい反射神経が内蔵され、気づくと”情報の波”にもまれていることもあるのではないでしょうか。

砂浜に上がるのも一苦労、そんな時代になった気がしています。

立ち止まって、ハンドルを握ってみる

そんな情報過多の時代に”立ち止まる”ことの意味は何なのか?と言われると、ぼくははっきりと回答を持っていません。わかりません。

ただ、”立ち止まる”を例えるなら、「自分の生活のハンドルを握る」という行為に近い気もしています。

波にもまれっぱなしだと、「ゆっくり考える」「立ち止まる」ことが難しいから、意識的に自分なりにそういうタイミングをつくってみる。そうすることで、本来自分のなかに埋まっていた”感覚”に気づいたりするかもしれません。

立ち止まることで、例えばこんな発見があるかも。

・埋もれていた自分の好奇心に気づく
・「体がだるいかも」と気づいて健康に意識が向く
・ぼーっとして頭がスッキリする など

ぼくの話をすると、よく移動中にポッドキャストを聴くことが多いのですが、たまに意識的に”イヤホン開放時間”をつくるようにしています。

密閉型のカナル式イヤホンのせいか、「外にいるのに外にいる気がしない」ときがあり、そこでイヤホンを外すと街の音や空気を感じれて、「外にいるぞ、おれ」と感じれたりとか。

5~10分程度の開放ではありますが、ずっとデジタルに触れていると、現実世界にいるのにいない気持ちになるというか、そういうときに意識的にデジタルをシャットダウンするときがあります。

実用性と好奇心

長くなってしまいましたが、最後に下記の言葉を紹介して、終わろうと思います。

「いま目の前、いまこの瞬間に興味があることを、将来どう役に立つかわからないけど、学んでみる。そういった感覚は、すごく大事。」

この言葉は、10月に開催された現代版寺子屋「JUKUBOX(ジュークボックス)」のメディア発表会でのトークセッション中に、自由大学の現学長 深井次郎さんが話されていたものです。


※引用した言葉は動画の26:46時点

疑問を感じたら、インターネットで調べれば、すぐに答え(のようなもの)を得ることができる時代です。

そうすると「この情報にはどんなメリットがあるのか」「役に立つかな?」と先を考えてしまい、変に予測することでモチベーションがしぼむことがあることも。

そういったことをつい考えてしまうのも、今の時代の”情報の波”の影響があるようにも感じます。

よくもわるくも”便利”な時代、そこで意識的に”立ち止まって”みることで、自分の素直な好奇心に気づくことだってあるかもしれません。

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